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10月14日 飯田線 田本
8:49田本着。降りたのは私一人だった。写真を撮り始めて振り返ると人がいた。びっくり。この人は泰阜村のキャンプ場に仲間とバイクできたそうだが、この駅が気になって徒歩で1時間かけて来たそうであった。

tamoto1.JPG 
 とりあえず駅名票。





tamoto2.jpg
 飯田方向。トンネルである。トンネルの向こうはまたトンネルである。





tamoto3.jpg
 豊橋方向。こっちもトンネル。お約束ですな。





tamoto4.jpg 
 豊橋方向のホームのはずれの先に、道路というのか、通路というのか、獣道というか、道がある。水色の箱は乗車券回収箱。




tamoto5.jpg
 その先、階段。









tamoto6.jpg 
 階段を上れば豊橋側トンネルの上である。定番の撮影スポットですな。とりあえず私も撮った。
 







tamoto7.JPG
 ちょっと角度をずらしてみた。いずれにせよ、列車は来ないw。

 ここで列車を待って撮るのがマニアですかね。面倒くさいので私は待たないが。



tamoto8.jpg 
 そのわずか、先。道が2方に分かれる。左に行けば上り続けて県道に至り、右
に行けば天竜川にかかる吊橋に至る。




すかすかの記事であるが、暇があれば追記するとして、次回、田本2。






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【2012/04/15 00:02 】 | | 有り難いご意見(0)
10月14日 飯田線 小和田(3)
小和田駅 3回目。しつこい?ネタが豊富な駅なので勘弁。

kowada41.jpg  始発前に。
 豊橋側トンネルの横に小さいホームがある。貨物用であったらしい。
 線路上には、乗り越し転轍機と呼ばれる分岐装置がある。その装置を知っていたわけではなく、後に調べて知ったのだ。手動で線路を切り替える装置の一種。
kowada42.jpg
 駅舎に貼られていた資産票。昭和8年12月。(だろうなぁ)資産票自体はもちろん、昭和8年のものじゃないだろう。もっともこの駅が建てられたときは国鉄ではなく、三信鉄道だったのだから、当然か。
kowada44.jpg
 トイレ。古いけどきれいである。
kowada45.jpg
 駅舎の裏側。アングル鋼で作られた補強が取り付けられていた。錆などほとんど無いところを見れば比較的最近付けられたものと思われる。
kowada46.jpg 飯田方向。秘境駅の作法に則ってこの駅も両側はトンネルである。w
 ホーム上には3県の県境を示す表示や「恋成就駅」などという木製の碑(?)があったりするのだが、なにしろ小和田駅の写真はあちこちのHPにあまた存在するので、敢えて載せないことにする。
kowada47.jpg 扉を全開にして撮ってみた。この机は、この駅を訪ねた方々の過去の写真をみれば、待合室内をあちこち放浪しているようである。現在の位置がここということらしい。w 上にちょっと写っている写真はこの駅で行われた結婚式の時のもの。あやかって十二単なんぞをお召しです。
しかし、こうして見ればえらく開放的な駅である。
kowada48.jpg
 最後に、ありふれた写真をもっ小和田駅終了とする。
ほんの十年ほどの前の写真を見れば、反対側のホームにも線路があったり、駅下の例の四阿のそばにも結婚式で使われた施設が残っていたのだが、現在は線路は撤去され、施設も取り壊されている。四阿だっていつまであるか、わからない。しかし、駅舎は当分残りそうな気がする。残してほしい。
8:16、次の駅、田本へ発車。










【2012/03/24 01:56 】 | | 有り難いご意見(0)
10月14日 飯田線 小和田(2)

駅を出る道は、現在一本しかない。
kowada21.jog.JPG
 巾1メートル程度のメインストリート。メインストリートであるからして、アスファルト舗装であるのは当然である。下るメインストリートの先には四阿(あずまや)風の物件があった。小和田駅が一瞬脚光を浴びた時、ーー皇太子ご成婚、妃の旧姓が小和田(おわだ)であったというだけのことなのだがーー観光客が少なからず訪れたという。この駅で結婚式をしたというカップルまでいた。その式の写真は今も駅に飾られていたが、そんな観光客のためにつくられたものである。過ぎてしまえばかなりお間抜け、オーパーツみたいな代物であるが、(ちょっとちがうかw)これも一つの歴史というものか。四阿になにがあるかといえば二人懸けの木製の椅子である。背凭れが大きいのがそれ風。その背凭れには「小和田発ラブストーリー」「お二人の幸せを呼ぶ椅子」と書かれていた。
kowada22.jpg 四阿の手前で右に曲がれば、いきなり階段であった。そして階段の先には有名な廃屋が二棟。かつての茶工場だそうである。大きい方は住居も兼ねていたそうで、居住されていたらしい。
 ネットで調べてみると70年代ころまでは稼動していたようである。廃屋になって三十数年から四十数年というところであろうか。
kowada23.jpgその母屋といいますか、大きい方の建物の南側へ回ってみた。戸が外れている。おおかた、どこぞの不埒者のしわざであろう。でかい家だが工場と住居が兼務されていたようである。写真でわかるように、なにやら茶の製造に使われたらしい機材が見える。ここに住んでみたいと思った私は変なやつでしょうか?
kowada24.jpg  廃屋から歩いて数分。写真は廃屋方向に向かって撮った。右は天竜川。言うまでもないか。
 鉄製の柵は、駅から帰る住民が、酔っ払って川に落ちないように、と設置されたものである。
kowada29.jpg 
 さらに進むと右側にあった廃屋。立派である。住宅というよ、りまるで山城のよう。しかしながら、いつから放置されたのか、今となってはどこから行けばいいのかすらわからん状態であった。
351cf7fa.jpg さらにさらに進んで初めての分岐点。とてもそうは見えないかもしれないが分岐点である。右に進めば40分で塩沢集落に至る。なぜならばそういう標識があったからである。写真は撮ったがサーバースペースの問題もあり掲載はしない。で、とりあえず右方向、塩沢集落に向かってみた。
kowada26.jpg 写真では出さないが上の写真、右方向に行けば、すぐ一軒の住宅がある。見たところ現在も居住されているようであったが定かではない。さらに鉄製の網で作られたような道というか、通路を進むと現れた吊橋。
 さらに30分ほど行けば塩沢集落に至るようだが、時間的制約もあり、私は橋を渡ったところで引き返した。ここまで駅から約20分ほどである。写真撮りながらなのでかなりのんびりペースだとは思うが。
kowada30.jpg
 二つ上の写真の分岐点まで戻り、左へ行った。目指すは通行不能な高瀬橋。分岐から少し進んだところでこれである。神よ、我に幸運を。というほどのものでもないかw。
kowada31.jpg さらに進めば・・・おい、行き止まりか?
右の岩と中央の倒木の間に、人ひとり通れるくらいのスペースがあった。
kowada32.jpg 
 そのすぐ先にあったのはこの光景。高瀬橋到着。分岐点から10分くらいである。
kowada33.jpg
 橋の残骸が残っているというか、引っかかっているというか。
 こりゃ渡れと言われても渡れるもんじゃありませんな。

 復旧しない理由、利用者がいないから。

 数年後にはどのように変貌しているでしょうか。
このあと、来た道を戻り駅に帰った。他に道もなし。 次回 明るい小和田駅。











【2012/03/06 20:09 】 | | 有り難いご意見(0)
10月13日 飯田線 小和田(1)
10月には鉄道の日記念日切符というのが発売される。3日間で9180円、18切符より1日当たりではちょっと高いが、普通列車乗り放題は同じである。これを使って飯田線の駅を巡ることにした。

10月13日、千葉から東京、上諏訪、と乗りついで小和田駅に到着したののは20:35 豊橋行き最終であった。当然と言えば当然だが降りたのは一人だけだった。

kowada1.jpg 
 夜の小和田駅ホーム。豊橋方向。駅舎は前方ホームのはずれ、階段を下ったところにある。
kowada2.jpg  
 駅舎とホーム階段。改札口の上にある建物資産票には S.08.12とあった。
kowada3.jpg 
 待合室。改札側には戸がない。なぜか事務机。机の上には駅ノートやら、誰かが寄贈したと思われるキンチョールなどが置かれていた。戸がないのだからキンチョールの効果もどれほどあるのか。しかしこのときはすでに秋も半ばで虫に悩まされることはなかった。
kowada4.jpg 
 正面(?)入り口。こっちは戸がある。
背後にトイレがある。以前あった自販機(の残骸)はもう無かった。
kowada5.jpg   寝袋の上にあるのは途中で買った弁当と酒。まぁ酒さえあればすべてよし。一番安全な駅が今宵の宿。
 なにが安全たって、この駅のように車やバイクで来れない場所ほど安全なところはありませんな。ほろ酔いで熟睡。
kowada9.jpg 朝の駅舎。6時少し前。始発が到着するにはまだしばらくある。
曇ってはいるが雨が降るような気配もない。
夜より静かであった。夜は静かではあるのだが、時折、鳥(だと思う)の鳴き声などが響くのだった。
kowada8.jpg 
 別方向から。飯田方向。
 このあと、たいして汚れてもいない待合室であったが、一宿の恩義に報いるため掃除をし、周辺の探索に出かけた。
なにしろこの駅周辺はかなり興味深いところである。

小和田駅、つづく。





【2012/03/04 05:05 】 | | 有り難いご意見(0)
坪尻駅の不思議
ところで、面白いことを書き忘れていたので追記しておく。
 坪尻にて踏み切りを渡り、スイッチバック引込み線沿いに行いけば左側の谷には川が流れていると書いた。踏み切りをまっすぐいくと廃屋があり、そのそばに滝が見えるとも書いた。だが、そのまま行っても川には遭遇しないのである。はて?面妖な。
 後に 国土地理院の地図(リンク)を見て仰天。実はこの鮎苦谷川、坪尻駅の平行部分は地下のトンネルというか、導水管を通っているのであった。しかもトンネルは2箇所あって、池田側トンネル(鉄道のトンネルね)の手前でまた導水トンネルに入り、線路の下をくぐっているのである。私が見た川はほんの百数十メートル見えている部分の一部だったわけだ。廃屋のそばで撮った滝の写真、あれはじつは上流側の導水トンネルの出口あたりなのだ。撮っている私の足の下を川は流れていたのである。たぶん。
 調べてみると、坪尻は駅になるまえは列車交換のための信号場として作られたのだが、その際に作る場所がなく、川の流れを変えて、さらに川を埋め立ててつくったのだということであった。いやー、ご苦労な話です。
 でだ、改めて「秘境駅へ行こう」の坪尻の項を見てみてば・・・・ちゃんとこのへんのことも記載されているではないか。お恥ずかしい。ぜんぜん記憶にありませんでした。
 しかし、こうなるとその出口を是非見たいと思うのだが、見た人いませんかね。

 

 

【2012/02/17 17:42 】 | | 有り難いご意見(0)
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