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【2018/09/21 21:19 】 |
11/10月14日 飯田線 為栗

平岡駅は立派な温泉施設、宿泊施設、レストランなどがある建物に併設されていた。飯田線、秘境ゾーンで食事などてきる駅はここしかない。しかしながらレストランによることもなく、土産売り場と一体なような待合室で弁当など食べた。時間があったので風呂などど思ってもこんな時間はまだ開いてない。実はレストランもまだだった。
飯田線秘境駅巡りをされる方は、時刻表の検討もさることながら、食糧計画をみっちり立てないとひもじい思いをすることになりますよ。老爺心か?

siteguri1.JPG  
 そんなこんなで為栗駅。平岡発11:36、為栗着 11:43。隣駅。
 写真はホームから豊橋方向を臨んでいる。天竜川がすぐよこにゆったりと流れている(ようには見えないが)。吊り橋がみえる。

 秘境駅にしては立派な取り付け道路があるが、車でここまで来れるわけではない。

siteguri9.JPG 
 飯田方向。道路は駅横で終わっている。白いのが待合室。ホームは弧を描いているが、このへんじゃ真っ直ぐなホームのほうが少数派である。

siteguri4.JPG 
 待合室。ベンチ上、左の箱は駅ノート等。

  sitegur5.JPG

  いまさらであるが、為栗 してぐり。
 難読駅である。
 しかし隣の ぬくた 温田 だって結構難読である。

siteguri6.JPG 
  吊り橋の方へ歩いてみた。
 小さな橋を超えたところで駅を見る。
 
 ちなみにこのあたりだと車が通るに十分な幅があるが。

siteguri10.JPG
 吊り橋の名はズバリ「天竜橋」である。
 橋の袂では、車が通れないようになっていた。この車止めがなくても吊り橋の幅は軽でも難しいだろう。なお、二輪車は通行可。
 吊り橋なので、歩くとそれなりに揺れる。
 この吊り橋を含め、駅までの道も長野県道430号だ。従って駅の横が430号の一方の起点なのだ。

siteguri11.JPG 
 橋の上から駅を見ていると特急伊那路1号 飯田行が為栗駅を通過していった。

 たまには特急にも乗りたいね・・・

siteguri12.JPG 
 13:17 豊橋行普通。
 私はこのあとの13:45 上諏訪行にて千代駅へ向かった。

 











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【2012/08/14 08:29 】 | | 有り難いご意見(0)
11/10月14日 飯田線 田本(2)

 前回更新したのがいつだったか、忘れてしまったほど間が空いてしまった。身辺に変動があり、書いている暇はあったが(w)書く気になれずにいた。しかし、もうまた18切符のシーズンである。というか、まごまごしていると終わってしまう。
しばらくしたら東北方面に行く予定なのだが、そのまえにブログのほうも多少実時間に近づけておこうと思い、ここ2,3日で集中して更新しておくことにした。

ということで まったくブランクを無視して、田本(2)。

tamoto9.JPG   ホームから線路の向こうを覗き込めば天竜川が見える。が、木々に阻まれ見通しはよくない。

tamoto10.JPG  待合室。これだけ。 だが、この写真では見えないが、しっかり
 「警察官立寄所」という看板がついていた。しかし、立ち寄らないだろうなぁ、立ち寄るわけないよなー。列車で来るのかね。w

tamoto13.jpg   全景。あいにく天気がよくない。空の色がなぁ・・。

 当然だが、正面のはしごは登ってはならない。登ったところで、どうということがあるとも思えないが。
 
 コンクリートの擁壁に岩が飛び出している。

tamoto11.JPG
  
 その岩を下からみると、こんな風。飛び出しがあまりないので、大きいが恐怖感はない。 しかし、当時こんな場所の、こんな岩がごろごろしてるような崖にこのような擁壁を
つくるのはたいへんな難工事だったではあるまいか。

tamoto12.JPG 
 9:42発 中部天竜行 到着。これにて平岡に向かい、なにか食べ物を調達したい。
なにしろ昨夜から何も食べてないのだ。
 田本駅については、最後まで記事がスカスカだったが、実は書くことがない。なにしろこれだけなので。でもいつかまた来そうな気がする。(w)
 




【2012/08/13 10:16 】 | | 有り難いご意見(0)
11/10月14日 飯田線 田本
8:49田本着。降りたのは私一人だった。写真を撮り始めて振り返ると人がいた。びっくり。この人は泰阜村のキャンプ場に仲間とバイクできたそうだが、この駅が気になって徒歩で1時間かけて来たそうであった。

tamoto1.JPG 
 とりあえず駅名票。





tamoto2.jpg
 飯田方向。トンネルである。トンネルの向こうはまたトンネルである。





tamoto3.jpg
 豊橋方向。こっちもトンネル。お約束ですな。





tamoto4.jpg 
 豊橋方向のホームのはずれの先に、道路というのか、通路というのか、獣道というか、道がある。水色の箱は乗車券回収箱。




tamoto5.jpg
 その先、階段。









tamoto6.jpg 
 階段を上れば豊橋側トンネルの上である。定番の撮影スポットですな。とりあえず私も撮った。
 







tamoto7.JPG
 ちょっと角度をずらしてみた。いずれにせよ、列車は来ないw。

 ここで列車を待って撮るのがマニアですかね。面倒くさいので私は待たないが。



tamoto8.jpg 
 そのわずか、先。道が2方に分かれる。左に行けば上り続けて県道に至り、右
に行けば天竜川にかかる吊橋に至る。




すかすかの記事であるが、暇があれば追記するとして、次回、田本2。






【2012/04/15 00:02 】 | | 有り難いご意見(0)
11/10月14日 飯田線 小和田(3)
小和田駅 3回目。しつこい?ネタが豊富な駅なので勘弁。

kowada41.jpg  始発前に。
 豊橋側トンネルの横に小さいホームがある。貨物用であったらしい。
 線路上には、乗り越し転轍機と呼ばれる分岐装置がある。その装置を知っていたわけではなく、後に調べて知ったのだ。手動で線路を切り替える装置の一種。
kowada42.jpg
 駅舎に貼られていた資産票。昭和8年12月。(だろうなぁ)資産票自体はもちろん、昭和8年のものじゃないだろう。もっともこの駅が建てられたときは国鉄ではなく、三信鉄道だったのだから、当然か。
kowada44.jpg
 トイレ。古いけどきれいである。
kowada45.jpg
 駅舎の裏側。アングル鋼で作られた補強が取り付けられていた。錆などほとんど無いところを見れば比較的最近付けられたものと思われる。
kowada46.jpg 飯田方向。秘境駅の作法に則ってこの駅も両側はトンネルである。w
 ホーム上には3県の県境を示す表示や「恋成就駅」などという木製の碑(?)があったりするのだが、なにしろ小和田駅の写真はあちこちのHPにあまた存在するので、敢えて載せないことにする。
kowada47.jpg 扉を全開にして撮ってみた。この机は、この駅を訪ねた方々の過去の写真をみれば、待合室内をあちこち放浪しているようである。現在の位置がここということらしい。w 上にちょっと写っている写真はこの駅で行われた結婚式の時のもの。あやかって十二単なんぞをお召しです。
しかし、こうして見ればえらく開放的な駅である。
kowada48.jpg
 最後に、ありふれた写真をもっ小和田駅終了とする。
ほんの十年ほどの前の写真を見れば、反対側のホームにも線路があったり、駅下の例の四阿のそばにも結婚式で使われた施設が残っていたのだが、現在は線路は撤去され、施設も取り壊されている。四阿だっていつまであるか、わからない。しかし、駅舎は当分残りそうな気がする。残してほしい。
8:16、次の駅、田本へ発車。










【2012/03/24 01:56 】 | | 有り難いご意見(0)
11/10月14日 飯田線 小和田(2)

駅を出る道は、現在一本しかない。
kowada21.jog.JPG
 巾1メートル程度のメインストリート。メインストリートであるからして、アスファルト舗装であるのは当然である。下るメインストリートの先には四阿(あずまや)風の物件があった。小和田駅が一瞬脚光を浴びた時、ーー皇太子ご成婚、妃の旧姓が小和田(おわだ)であったというだけのことなのだがーー観光客が少なからず訪れたという。この駅で結婚式をしたというカップルまでいた。その式の写真は今も駅に飾られていたが、そんな観光客のためにつくられたものである。過ぎてしまえばかなりお間抜け、オーパーツみたいな代物であるが、(ちょっとちがうかw)これも一つの歴史というものか。四阿になにがあるかといえば二人懸けの木製の椅子である。背凭れが大きいのがそれ風。その背凭れには「小和田発ラブストーリー」「お二人の幸せを呼ぶ椅子」と書かれていた。
kowada22.jpg 四阿の手前で右に曲がれば、いきなり階段であった。そして階段の先には有名な廃屋が二棟。かつての茶工場だそうである。大きい方は住居も兼ねていたそうで、居住されていたらしい。
 ネットで調べてみると70年代ころまでは稼動していたようである。廃屋になって三十数年から四十数年というところであろうか。
kowada23.jpgその母屋といいますか、大きい方の建物の南側へ回ってみた。戸が外れている。おおかた、どこぞの不埒者のしわざであろう。でかい家だが工場と住居が兼務されていたようである。写真でわかるように、なにやら茶の製造に使われたらしい機材が見える。ここに住んでみたいと思った私は変なやつでしょうか?
kowada24.jpg  廃屋から歩いて数分。写真は廃屋方向に向かって撮った。右は天竜川。言うまでもないか。
 鉄製の柵は、駅から帰る住民が、酔っ払って川に落ちないように、と設置されたものである。
kowada29.jpg 
 さらに進むと右側にあった廃屋。立派である。住宅というよ、りまるで山城のよう。しかしながら、いつから放置されたのか、今となってはどこから行けばいいのかすらわからん状態であった。
351cf7fa.jpg さらにさらに進んで初めての分岐点。とてもそうは見えないかもしれないが分岐点である。右に進めば40分で塩沢集落に至る。なぜならばそういう標識があったからである。写真は撮ったがサーバースペースの問題もあり掲載はしない。で、とりあえず右方向、塩沢集落に向かってみた。
kowada26.jpg 写真では出さないが上の写真、右方向に行けば、すぐ一軒の住宅がある。見たところ現在も居住されているようであったが定かではない。さらに鉄製の網で作られたような道というか、通路を進むと現れた吊橋。
 さらに30分ほど行けば塩沢集落に至るようだが、時間的制約もあり、私は橋を渡ったところで引き返した。ここまで駅から約20分ほどである。写真撮りながらなのでかなりのんびりペースだとは思うが。
kowada30.jpg
 二つ上の写真の分岐点まで戻り、左へ行った。目指すは通行不能な高瀬橋。分岐から少し進んだところでこれである。神よ、我に幸運を。というほどのものでもないかw。
kowada31.jpg さらに進めば・・・おい、行き止まりか?
右の岩と中央の倒木の間に、人ひとり通れるくらいのスペースがあった。
kowada32.jpg 
 そのすぐ先にあったのはこの光景。高瀬橋到着。分岐点から10分くらいである。
kowada33.jpg
 橋の残骸が残っているというか、引っかかっているというか。
 こりゃ渡れと言われても渡れるもんじゃありませんな。

 復旧しない理由、利用者がいないから。

 数年後にはどのように変貌しているでしょうか。
このあと、来た道を戻り駅に帰った。他に道もなし。 次回 明るい小和田駅。











【2012/03/06 20:09 】 | | 有り難いご意見(0)
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